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最高裁判所第二小法廷 昭和24年(れ)2898号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人猪俣浩三、同田万広文上告趣意第一点並びに第三点について。

刑法上公務員とは、官吏公吏法令により公務に従事する議員委員その他の職員をいうのであるが(刑法第七条)、これを具体的にいえば、国家または公共団体の機関として公務に従事しその公務従事の関係は任命嘱託選挙等その方法を問わないが、その公務に従事することが法令に根拠を有するものをいうのである。そこで所論開正が以上の条件を具備するものであるかどうかにつき、当裁判所職権調査の結果によれば、同人が公共団体である坂出市の雇員に任命された昭和二三年四月一五日当時及び本件犯行時(昭和二三年八月二三日)には明治四四年法律第六八号市制は廃止され、地方自治法が施行されていたが、同法附則第一一条によれば「従前の……市制……又はこれらの法律に基いて発する命令によってした手続その他の行為は、これをこの法律又はこれに基いて発する命令中の相当する規定によってした手続その他の行為とみなす」と規定されている。そして右開正の任命発令当時は地方自治法にもとづく現行の「坂出市職員定数条例」(昭和二四年一二月五日同市議会議決)はいまだ制定されてなく、旧市制にもとづく「市吏員定員規程」(昭和一八年二月二五日坂出市会議決)により、当時の坂出市長によって任命されたものであることが認められる。従って右任命は地方自治法施行後も適法のものなのである。ところで右定員規程中の市吏員中には「雇員」を含む旨の特別な明文はないが、しかし同規程第三条によれば「市長ハ時宜ニヨリ定員ニ拘ラズ主事、主事補、技師、書記其他附属員ヲ任免スルコトヲ得」との規定があり、これに開正の任命直後制定され且つ本件犯行時既に施行されていた「坂出市職員退職手当並に傷痍疾病死亡給与金支給条例」第一条及び「坂出市超過勤務手当等支給規則」第一条によれば、右各支給の対象となる坂出市職員の内には明らかに雇員を含む旨規定されていることが確認される。そして以上のうち規程は市制第四二条、例条及び規則は地方自治法第九六条にもとづき各制定されたものと認むべく、従って何れも刑法第七条にいわゆる「法令」の一種であることはいうまでもないところである。そこで以上を綜合して勘案すると、本件犯行時における開正は冐頭説明の如く、公共団体たる坂出市の一機関として公務に従事し、その公務に従事することが法令に根拠を有するものと認むべきであり、従ってその地位は刑法第七条にいわゆる「法令により公務に従事する職員」と称するを正当とする。そして刑法第九五条の罪は、公務員の職務を執行するに当りこれに対して暴行脅迫を加えることにより成立するのであって、所詮その公務の実質の軽重の如きは時に犯情に影響あらんも、もって本罪の成否を決する標準となるものではない。よって論旨はすべて採用することができない。

同第二点について。

原判決は、開正が「同課(統計課)において執務中」と判示しているのであるが、原判決が証拠とした開正に対する副検事の聴取書によると、「八月二三日午前一一時頃自分が統計事務に従事していた際被告人が来て文句をいうので、そんな無理解な人を相手にしていては仕事に差支えるので自分の仕事に取りかかったところ、その後尚悪口をいい偉い見幕なので殴られでもしてはならぬと思い、立ち上ると被告人が出て来いといい自分を殴った」という趣旨の供述記載がなされているのである(記録六〇丁乃至六三丁)。しからば、被告人は開正がその職務を執行していた際に暴行を加えたものであることは明らかである。論旨は理由がない。

同第四点について。

刑法第九五条の罪の暴行脅迫は、これに因り現実に職務執行妨害の結果が発生したことを必要とするものではなく、即ち妨害となるべきものであれば足るのである。本件被告人の行為は右妨害となるべきものであることは、原判示並びに引用証拠によって明らかであるから、論旨は理由がない。

同第五点について。

妨害の結果を具体的に判示するの必要のないことは、前点の説明により自から明らかである。論旨は理由なし。

よって裁判官全員一致の意見により、刑訴施行法第二条旧刑訴第四四六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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